田所太郎は大橋鎮子を間接的に育てた恩人なの?

NHKの朝ドラ・とと姉ちゃんで、五反田一郎(及川光博)のモデルになっている田所太郎(たどころたろう)さんについて紹介してんねな。

 

五反田一郎は、とと姉ちゃんこと小橋常子(高畑充希)がタイプライターの会社をクビになった次の働き先の甲東出版の上司になんねな。

 

なので、そのモデルとなっている田所太郎さんについて詳しく解説していくねんね。とと姉ちゃんの五反田一郎との違いなどについても併せてお伝えしていくねんな。

 

田所太郎さんと大橋鎮子さんの関係とは?




田所太郎さんは、明治44年の8月生まれやねんね。大橋鎮子さんとの出会いは、ちょうど日本女子大学を退学した後に再び働きだしたところやってんね。

 

日本読書新聞の編集長をしていて、面接の際に前職の話をしていると、明日から来てくださいと言って即、大橋鎮子さんを採用した人物やねんね。

 

花森安治さんと同級生で、同じ東京の帝国大学(現在の東大)に入学して卒業しています。なので、この田所太郎さんが大橋鎮子さんにとって運命的人物である花森安治さんを紹介してくれる人物になんねな。

 

大橋鎮子さんが日本読書新聞に入社してから、戦争は激化していくんやんね。田所太郎も戦争に招集されてんね。戦争が激化していくと日本読書新聞も中断しますが、終戦に向かうと田所太郎も無事戻ってきてんねな。

 

田所太郎の家族は、東京の大空襲を寸前で大橋鎮子さんに疎開先を譲ってもらっていたことで、無事に生きててんね。そのことで、田所太郎は大橋鎮子さんに命の恩人と感謝してんねな。

 

愛妻家であった田所太郎は、そのことで大橋鎮子さんのことを目にかけるようになんねん。そして、戦争がおわってしばらくして大橋鎮子さんは、母親である大橋久子さんをなんとか楽させてあげたい。

 

雑誌を出版して金持ちになりたいと相談してんね。すると、田所太郎さんは大橋鎮子さんにそれなら、花森安治さんを訪ねるといいと言って、炎のパートナーとなる花森安治さんを紹介してくれてんね。

 

田所太郎さんと花森安治さんは、高校大学と同じ学校で、大の親友やってんね。「帝大新聞」でも一緒やってんね。せやから、田所太郎さんは花森安治さんの類まれな編集技術を知っててんね。

 

だからこそ、大橋鎮子さんに花森安治さんを紹介してんねな。せやから、大橋鎮子さんにしてみると日本読書新聞で一緒に仕事をし、そして、花森安治さんという生涯のパートナーを導いてくれた間接的な恩人になんねな。

 

編集としての基本的な仕事や流れ、そういったものを田所太郎さんから教わり、そして、人生を変える「暮らしの手帖」を創刊できたのも、田所太郎さんがいたからこそだということができんねな。




五反田一郎と田所太郎の違い

とと姉ちゃんで田所太郎さんをモデルにしているのは、間違いなく五反田一郎やねんね。まずモデルと五反田一郎の同じところは出版社に勤務しているというところですね。甲東出版で常子に仕事を教えるねんな。

 

ただ、田所太郎さんとは異なり編集長ではあれへんねな。編集長には、谷誠治(山口智充)がいてることからそこらへんは異なるねんな。また、五反田一郎はナンパな人物ですぐに女性を見るとナンパする軽いノリの人物やねんね。

 

せやから、愛妻家で家族想いの田所太郎とはその辺りは大きく異なるねんね。ただ、やはりモデルということもあり、大事な部分では同じになってんねな。それは、田所太郎さんが大橋鎮子さんに、花森安治さんを紹介しましたよね。

 

それと同じように、小橋常子に対してこの五反田一郎は、花山伊佐次(唐沢寿明)を紹介してんねな。それは、戦後にお金持ちになりたいという常この気持ちにこたえての紹介やねん。

 

なので、かなり大筋なところでは五反田一郎は、田所太郎をモデルとしてんねな。大切な外せない部分はそのまんまといえばいいでしょうか。ただ、人物性といったところについては大きく異なるように描いているんやんね。

 

田所太郎さんのモデルとして、五反田一郎が常子とどのようにからんでいくのか。及川光博さんが演じるということで、どのような形になるのか気になりますよね。常子もナンパされるのか(笑)




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