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雪次郎(山田裕貴)のモデル・小田豊はどんな人なの?

このページは、NHKの朝の連続テレビ小説(朝ドラ)「なつぞら」の小畑雪次郎(山田裕貴)のモデルとなっている小田豊(おだゆたか)さんについてご紹介しています。

 

創業者の功績は、創業期を乗り越えて軌道に乗せることです。しかし、会社を継続させていくには、後継者がしっかりと守成を固めて事業を発展へと導かなければなりません。

 

今回ご紹介する人物の小田豊さんは、小田豊四郎さんから六花亭を受け継いだ2代目社長の小田豊(おだゆたか)さんです。

 

小田豊さんについて見ていくと同時に、後半には小畑雪次郎と小田豊さんの異なる点や同じ点をみていきたいと思います。では、小田豊さんの人物像を早速見ていくことにしましょう。

 

小田豊とは?

小田豊さんは、六花亭・創業者小田豊四郎さんと小田淳子さんの間に生まれています。幼少期はまだ六花亭とはなっておらず、帯広千秋庵として事業展開していました。

 

小田豊さんは後継者としてのレールを敷かれていたのか?親としては跡を継いでほしいと考えていたでしょうが、小田豊さん自身は医者か弁護士になりたいと考えていました。

 

子どもながらに医者・弁護士が裕福に思えていたのです。しかし、ある日小田豊四郎さんから、将来何になりたいのか聞かれるですが、この問答が小田豊さんの人生を決定させるのです。

 

小田豊さんがなりたいものを伝えると、「物事の一面だけを見るな」と教えられるのです。小田豊四郎さんとしては家業であるお菓子メーカーを継いでほしいですが、頭ごなしに伝えても駄目でしょう。

 

本人の気持ちを向かせる必要があるのです。こうした両親からのアプローチは小田豊さんの心境に変化をもたらします。やがて積極的に家を継ぐことを考え行動し、外での修行を経て帯広千秋庵へ副社長として入社するのです。

 

六花亭2代目社長

その後の働きは、六花亭製菓を優良メーカーにするために尽力し1995年に社長へと就任します。斬新な経営・設備投資を積極的に行い、労働環境の改善にも力を注ぎました。誰の目から見ても文句のない2代目社長です。

 

家業として発展した事業は、世襲が常態化します。トヨタ・パナソニックなどの企業が最も分かりやすいでしょう。しかし、小田豊さんは脱創業家として社長を2016年に和田滋へ譲るのです。

 

家業として発展してきた六花亭は、今や北海道を代表するお菓子メーカーに成長してきました。そのため、世襲にこだわる必要がなくなりました。

 

小田豊さんが六花亭において行ってきたことは、合理性を重視した会社の近代化でした。だからこそ世襲はせずに社員へ経営を任せたのではないでしょうか。

 

また、六花亭は日本全国の中小企業で構成される経営研究会に入っていることから、社員の成長へ重きを置いてきていました。その結果として経営を同族にしなかったのかもしれませんね。

 

小畑雪次郎と小田豊の違い

「なつぞら」の中で、小田豊をモデルにした小畑雪次郎は、奥原なつ(広瀬すず)の同級生で一緒に演劇をしていました。お菓子よりも、演劇に夢中となり東京に修業に行ったあとも演劇に惹かれています。

 

実際に小田豊さんは、修行へ出ています。しかし、修業先は京都の老舗お菓子屋・鶴屋吉信でした、なので、東京で修業しているという設定は異なりますね。

 

また、学生時代から演劇部に所属したという点も不明です。なので、修業に出たという点や「雪月」を継ぐという点は、同様に描かれるのですがその他の部分ではかなりオリジナルが入っていると思われます。

 

六花亭のモデルとなっている「雪月」が雪次郎の影響でどのように発展していくのか楽しみですね。また、夕見子(福地桃子)との恋がどうなっていくのかも注目ですね。

 



 

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