エンタツアチャコの横山エンタツとはどんな人物だったの?

このページは、「エンタツ・アチャコ」の横山エンタツさんについて紹介します。エンタツアチャコと言えば、漫才を広めた芸人として有名なコンビです。

特に、それまで数え歌やったり流行っている歌だったりを歌うのが万歳だったのを今のコンビでじゃべる「しゃべくり漫才」のスタイルをつくったのがエンタツ・アチャコになります

2017年後期の朝ドラ「わろてんか」の中で、このエンタツ・アチャコはモチーフ(モデル)にされていて横山エンタツさんをモデルにしているのは、キース大野拓朗さんが演じます。

なので、実際の横山エンタツさんとキースの違いなどについても後半に詳しく解説していきたいと思います。その前に、まずは横山エンタツさんがどんな人物だったかみていきましょう。

横山エンタツはどんな人物だったの?

横山エンタツさんは、明治29年4月22日生まれで本名は石田正見(いしだまさみ)になります。兵庫県出身で、関西大学の夜間に通っていました。

近世漫才の祖ともいわれる玉子屋円辰を意識して、エンタツという名前はきています。しかし、横山エンタツ自身はそのことを表だっていうことはありませんでした。

むしろ、当時にしては身長が高い167㎝だったことから「煙突」というあだ名がついて、それが大阪ではエンタツだという理由でエンタツとつけたと伝えていました。

19歳で新派の小芝居に入ります。そこで、韓国や満州といったところで巡業をしていきます。砂川捨丸のすすめにより喜劇から漫才に転向をはたします。

関東大震災の時に大けがをしたことでいったん大阪に戻りますが、再び上京をします。そして、9人で劇団をつくりハワイからアメリカに巡業に行きます。

しかし、その巡業は大きな失敗をしてしまいます。しかし、その行動力のすごさから吉本せいの弟・林正之助からスカウトされることになります。

吉本興行からすると、その行動力と共にアメリカ帰りという知識、関大に行っていたインテリな部分を買ってのスカウトでした。しかし、アメリカでの失敗で自信を失いかけていたエンタツ。




スカウトされ吉本興業へ

そのため、林正之助の熱心なスカウトにもなかなかOKをしませんでした。そして、吉本入りに出した条件として花菱アチャコとコンビを組むことだったのです。

こうして、吉本興業の歴史や漫才の歴史で外すことができない「エンタツ・アチャコ」が誕生します。そして、横山エンタツが吉本興業に出したもう一つの条件としては口を出さないことです。

アチャコとやる漫才は従来のものとはまったく異なることをやるので、その方法や方針、演出などの一切を横山エンタツ自身に任せることという条件を吉本興業にのませました。

吉本興業サイドがこのような条件をのむのは異例なことで、それだけ横山エンタツに期待するところが大きかったことがうかがえます。そして、まずアチャコと二人でまず最初にしたことは衣装です。

羽織袴を辞めてスーツ姿にしたのです。当時の漫才は、羽織袴と決まっていたのですが世の中のサラリーマンはスーツをきています。それに合わせないといけないという横山エンタツの考えから衣装を変えたのです。

また、横山エンタツはメガネにひげというロイドやチャップリンという自分の気に入っている喜劇人をまねたかっこうにすることを決めていったのでした。

そして、漫才の中身では花菱アチャコが得意にしていた問答や数え歌をやめさせて、すべて僕や君という言葉に変更して「しゃべくり」だけで漫才をしていくことを決めたのです。

新聞や広告といったものの中から大まかなネタを決めていき、あとはアドリブでうめていく。そんな漫才に変更したのです。そのため、舞台にたつごとにアチャコとエンタツは観客の反応をみていいものに仕上げていきました。

当然、最初のうちは観客からも漫才をちゃんとするようにヤジが飛んできますが、次第にそれが若い人たちに受けて人気が出てくるようになります。

当時は、20代~30代を中心に人気が出た「僕の就職」や「僕の家族」などで人気を得ました。リンクは、当時の内容を収めたものになっていますので興味があればクリックしてみてください。

その後は、わずか半年という短さで南地・花月の舞台にたつようになります。そして、この「エンタツ・アチャコ」がいたからこそ吉本興業は本格的に東京進出を果たしたのです。

そうです。もっとも人気を博した六大学野球の「早慶戦」をネタにした漫才が誕生して、それが東京でも受け一気に全国区の人気で広まっていったのです。

それが、万歳から漫才へと名前が変わったり、落語から寄席の中心が漫才へ変わっていったことに大きな要因となりました。エンタツ・アチャコは、「早慶戦」で時代の寵児となったのです。

エンタツの性格としては、アチャコが初めて会った時にこんな生意気な人間は見たことがないというぐらい自信を持っていました。企画から制作まですべて自分で行うので力をもってしまいますよね。

花菱アチャコとしては、新しいことをやっていこうとする横山エンタツに対し不安な面も大きかったが芸術家みたいにちょっと変わったところがあるので、横山エンタツについていったのです。

その後、エンタツ・アチャコは花菱アチャコの中耳炎で入院したことにより解散することになります。わずか実際の活動期間が3年9ヶ月という短い期間でした。

わろてんかのキースとの違いとは?

わろてんかの中で、横山エンタツをモデルにしている登場人物は、キースになります。演じるのは、大野拓朗さんになります。このキースについては、横山エンタツかなり忠実にモデリングしています。

しゃべくり漫才の産みの親ということであっていますし、メガネがトレードマークとするところも同じです。アメリカに行っていたことから、異文化についても深い知識をもっている。

そんなところはすべて同じですね。相方のアサリ(前野朋哉)と新しい漫才を繰り広げていくのも同じです。また、トラブルをたびたび起こすってところも同じ。

こうやってみていると、キースは本当に横山エンタツを意識して作られてる人物だなあって思います。今回の「わろてんか」ではキャストに大阪の吉本興業の人をたくさん入れています。

しかし、横山エンタツをモデルとしているキースについては芸人さんをキャストにしていないところがいいですね。しかも、要注目の人物になるため幼少期から登場します。

横山エンタツさんがどんな人物でどんな漫才をしていたのかなどを知って、「わろてんか」を見ると、さらにわろてんかを見るのが楽しみになりますね。期待したいです。

 



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