エンタツアチャコの花菱アチャコとはどんな人物だったの?

このページは、エンタツアチャコ花菱アチャコさんがどんな人物だったのかについてお伝えしています。エンタツアチャコと言えば、「しゃべくり漫才」です。

吉本興業の発展を語るうえで欠かすことができないのが漫才です。当時は、落語が全盛期で漫才も万歳という字で行っているのも浪曲だったり数え歌だったり今とはまったく異なりました。

それを今の原型としてつくったのがエンタツアチャコになります。漫才の原型をつくったのがエンタツアチャコで、それを広めたのが吉本興業ということになるでしょうか。

エンタツアチャコは、ネタを考えたりする横山エンタツで花菱アチャコはそれを演じる芸達者という役割です。しかし、花菱アチャコは横山エンタツがどうしても組みたかった相方になります。

それを条件に吉本興業に入ったほどでした。なので、このページは花菱アチャコについて詳しくみていきます。また、現在放送中の朝ドラ「わろてんか」で花菱アチャコをモチーフにしている役があります。

前野朋哉さんが演じるアサリになります。そこで、後半にモデルのアサリと花菱アチャコにどんな違いがあるのか詳細を比較してみていきたいと思います。その前に、まずは花菱アチャコさんがどんな人物なのかみていきます。

花菱アチャコはどんな人物だったの?

花菱アチャコさんは、本名・藤木徳郎になります。明治30年7月10日生まれです。福井県勝山市出身で、実家は仏壇屋を営んでいました。

役者にあこがれて山田九州男の弟子になりました。しかし、そこでうだつが上がらなく1年ぐらいしかいませんでした。そして、自分の体型などを考えて喜劇に向いている。

そう思った花菱アチャコは、喜劇の道に進みます。地方を転々としたところからスタートして、そこでのあだ名から花菱アチャコという名前が誕生しました。

そのドサ廻りをしている時に、はじめて横山エンタツと会います。その花菱アチャコが思ったエンタツの印象は最悪です。こんなくそ生意気な奴はみたことない。そう語っています。

しかし、急遽代役として一緒に万歳をします。お互いが万歳をやったことがありません。うけるわけもなく、観客からものを投げられてヤジが飛びます。

当時の漫才は、はやり歌や数え歌が主流でそんなことをまったくせずに、ただしゃべくりをしているだけ。だから、観客から万歳やれとヤジが飛んで物を投げられたのです。

これが、二人がしゃべくり漫才を始める原型になったのです。花菱アチャコは、その後菅原家千代丸の一座に入り万歳を本格的に学びます。

その後、独立をはたし夢丸と組んで大八会に加入していました。しかし、それが4年ほどで派遣元が亡くなってしまったことで、吉本興業に千歳家今男と一緒に入ります。

それが大正15年10月のことです。横山エンタツがその後、吉本興業に入る条件として花菱アチャコを指名しコンビを組んでいくことになりました。

コンビを組んでからは、新しい「しゃべくり漫才」をしていたのでなかなか人気が出ませんでしたが、やがて若い客層にそのしゃべくり漫才がうけ一大ムーブメントを起こします。

東京進出を吉本興業が果たしたのにも、エンタツアチャコの「早慶戦」が多分に影響していました。それだけ、日本全体でエンタツアチャコが人気を博していたのです。




花菱アチャコの中耳炎で解散

そのコンビというのもあっけなく終わってしまいます。実際の活動は、わずか3年9ヶ月という短さだったのです。そのコンビ解散のきっかけになったのは花菱アチャコの中耳炎でした。

当時は、中耳炎は大きな病気でそれが原因で耳が聞こえなくなる人も多数いました。それでも、中耳炎になった後もスケジュールに穴をあけることなく花菱アチャコは舞台に立ち続けます。

そして、病院に行ったときには手術が必要になっており1ヶ月の入院が必要になったのです。この面倒をみたのが吉本興業の社長の吉本せいです。

それだけエンタツ・アチャコの功労に報いたかったのです。吉本せい自身は、入院しても花菱アチャコを手厚くしてあげたりという気持ちをもっていました。

たとえ、それが半年間あったとしても吉本せいは功労者である花菱アチャコを切ることは考えていません。ただ、横山エンタツが花菱アチャコの入院中に遊ばせておくのももったいない。

そう思い、別のコンビを組ませたのです。そのことが、花菱アチャコにとっては大きなショックとなりました。花菱アチャコも退院後に別のものとコンビを組むようになります。

吉本せいとしては、エンタツとアチャコを別々にして二組のコンビを競わせて倍の収益を上げようと考えたのです。短期的には、それは成功したかのように思います。

映画でも特別にエンタツ・アチャコの共演をさせたりしたことでヒット作になりました。しかし、そのために「エンタツ・アチャコ」の人気が低下していったことは間違いないところだと思います。

結果としては、コンビとして3年9ヶ月という短い期間でピリオドを打ってしまったのです。横山エンタツと花菱アチャコはお互いにその後、35年以上のキャリアを積みますが「エンタツ・アチャコ」を超えるインパクトを残すことができませんでした。

花菱アチャコとアサリの違い

では、朝ドラ「わろてんか」の中で花菱アチャコをモデルにしているアサリはどんな役どころでしょうか。花菱アチャコとの違いや同じところを一緒に見ていきましょう。

アサリは、歌舞伎役者を目指しますが挫折します。容姿や実力が伴わず、周囲からも無理と言われたことがきっかけで、芸人に転身します。このあたりは、花菱アチャコさんと同じかなって思います。

もともと役者希望でしたが、喜劇に転身しています。なので、この辺りはモデル(モチーフ)と同じようになっていますね。また、アサリは銭ゲバという役どころですがその辺りは違うのかなと思います。

どちらかというと、花菱アチャコは堅実なタイプですので銭ゲバとはちょっと違うのかなと思います。なので、ここの辺りは異なりますね。また、キース(大野拓朗)と対立しつつもコンビを組んでいく。

この部分は、忠実に描いていますね。やはり骨格の部分についてはいらっていないのかなって印象があります。横山エンタツのモデルになっているキースもそうですが、花菱アチャコもかなり忠実に描いているなって思います。

ちなみに、「エンタツ・アチャコ」については孫弟子にあたる「オール阪神・巨人」が二代目「エンタツ・アチャコ」を名乗るという話もあったのですが、恐れ多いのでそれを断っています。

そこまでの話の展開はおそらくないとは思いますが、いずれにしても吉本興業の発展に大きく貢献した「エンタツ・アチャコ」が描かれているというのは、とても楽しみですね。

 



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