小林一三(伊能栞モデル)はどんな人物だったの?

このページは、小林一三(こばやしいちぞう)さんがどんな人物だったのかについて詳しく解説していきたいと思います。

小林一三さんと言えば、現在放送中の朝ドラ「わろてんか」の伊能栞(高橋一生)の実在モデル(モチーフ)になります。

なので、後半には小林一三さんと伊能栞のどんなところで同じでどんなところが違うのかについても後半に詳しく解説していきたいと思います。

その前に、まずは小林一三さんがどんな人物だったのかみていきます。聞いたことはあるけど実際には知らないってひとが多いと思いますので是非ご覧くださいね。

小林一三はどんな人物だったの?

電車に乗ると、その路線周辺の観光地情報を車内広告で見ることはありふれた日常にあります。利用客は何とはなしにそれを見て季節を感じるかも知れないし、休日の予定を決めるかも知れっません。

その仕掛けを最初に試みた人が、小林一三さんです。彼が最初にPRパンフレットを冊子にして世に送り出したのは1908年のことです。今から109年前、驚くべき先見性ではないでしょうか。

阪急電車を日常的に利用している人ならば、皆彼の顔を知っているだろう。例え彼の名前の読み方を知らなくても、彼が生前に残し、今は美術館として一般公開されている兵庫県池田市の自宅「雅俗山荘(壱翁美術館)」の広告を見たことがあるはずです。

その中で、茶人のような佇まいの上品な面立ちながら、強い眼差しをこちらに向ける、この明治生まれの企業家の顔はとりわけ印象深いです。彼こそが、現在の阪急阪神東宝グループの創業者である小林一三さんです。

小林一三さんは、19世紀後半から20世紀半ばという激動の時代を生き抜いた人物です。時代と共に、彼の人生も実に波乱万丈でした。小林一三さんは、1873年(明治6年)、山梨県の裕福な家庭に生まれます。

1892年に慶応義塾を卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に就職するが、ここで彼の人となりを示すエピソードがあります。一三さんは、就職内定後に恋人と温泉旅行に出掛けていたため、入社日に出社せず、初出社は何と数ヶ月経った後だったといいます。

当時の一三さんは小説家になるのが夢で、地方紙で連載小説を書いたこともあったため、銀行勤めに全く乗り気ではなかったのであろう。そうとはいうものの、毎日の業務に退屈さを感じながらも13年勤め、その間に結婚もしています。

1907年、34歳の時に退職し、現在の阪急電鉄の前身となる箕面有馬電気軌道株式会社創立の追加発起人となります。追加発起人と聞くと気楽な立場に思えるが、同時に権限もありません。

既に妻子ある立場であった一三はどうしても会社として成功させる必要があり、複数いる発起人ら意思決定機関の意見の一致を待っていては時間が掛かりすぎるため、私財をなげうって一部の株を買い取り、株主を説き伏せて経営の実権を握ります。

彼はいかにして鉄道事業を軌道に乗せたのだろうか。まず、線路通過予定地を買収して宅地造成に力を入れたことは特筆に価します。当時そのような発想はまだなかったからです。

そして大浴場「宝塚新温泉」を開業させてそこに劇場スペースを設け、その2年後、少女だけで組織する「宝塚唱歌隊」を立ち上げ、公演を行いました。

その翌年には宝塚新温泉を改造して劇場とし、宝塚唱歌隊(この頃宝塚少女歌劇に改称)の第一回公演を開催します。即ち、大浴場に訪れ、そこで余興として見るものだった少女達の合唱を、専用の劇場を作って観賞する歌劇にグレードアップしたのです。

これが現在の宝塚歌劇団になるのだが、草創期の1910年代より既にブランド価値の創造に傾注した点は驚くべき慧眼です。このように沿線を開発して利用客を増やし、黒字路線にしていったのです。

また、それが一時のブームに終わらないよう娯楽の提供と、それを長く続かせる工夫も怠りませんでした。アイディアはそれだけに留まりません。主要駅に百貨店を出店したのも一三が最初です。

彼は1920年初めより、阪急のターミナル駅を構え、交通の要衝である梅田に百貨店を設ける構想を打ち出し、東京からのテナント誘致を決めたり、直営の洋食食堂を二階に作るなど、段階的に開業させていました。

そして世界恐慌さなかの1929年に新ターミナルビルの竣工に合わせて「阪急百貨店」を開店。不況で先立つもののない若者に大人気となった阪急百貨店の名物料理「ソーライ」をヒットさせたのも一三です。

当時、貧乏な若者がカレーライスではなく、ライスのみを注文してソースをかけ、「ソースライス」にして食べる習慣を問題視した百貨店経営陣はこれを禁止する方針を決め、『ライスのみのご注文はお断りします』と張り紙を出しています。

しかし、阪急社長の一三はこれを直ちに外させ、代わりに『ライスのみをご注文のお客様を歓迎します』と書き換えさせました。

店の売上を無視したこの対応に納得がいかない従業員たちに一三は「確かに彼らは今は貧乏だが、やがて結婚して子供を生みます。そのときここで楽しく食事したことを思い出し、家族を連れてまた来てくれるだろう」と言って諭したというエピソード。

このエピソードは、彼の実業家としての哲学をよく示したものである。阪急百貨店は現在でも大阪を代表する百貨店だが、当時は鉄道運営会社が人の集まるターミナル駅という立地を活かして作った初めての百貨店となりました。

それまで百貨店は呉服屋が起源だったこともあり、ターミナルから少し離れた場所にあるのが通常だったが、一三は駅で多くの利用客が百貨店の紙袋を提げていることに気付き、この発想に至ったのです。

ここでも、鉄道事業と百貨店事業の親和性を見出した一三の先見性が発揮されており、現在に至るまでの立地条件の常識を作り上げました。

数々の成功を収めた一三の名声は東京にも届き、現在の東急グループの始祖である田園都市株式会社の経営にも無報酬で携わっています。




余興ビジネスの映画会社ともかかわりが

また、1928年55歳の時、一三は経営が傾いた東京電燈(現在の東京電力)の副社長に迎え入れられ、同社の建て直しを図り、1933年に同社社長にも就任。

この頃阪急グループの事業も東京進出を果たし、1932年東京宝塚劇場、1937年に東宝映画を設立(1943年に2社が合併し現在の東宝となる)。この頃には一三は当代を代表する実業家の一人となっています。

そのため1935年、62歳の頃欧米視察、1937年には朝鮮半島、中国北部を視察に出向いており、1940年、イタリアとの貿易交渉を行う遣伊経済使節を経て、同年、67歳の時近衛内閣で商工大臣に就任しています。

戦後は公職追放を受けたが、1951年に解除されて東宝社長に就任、映画事業の発展に力を尽くし、1957年、84歳の時、急性心臓性喘息により、池田市の自宅でその生涯の幕を閉じます。

小説家を夢見た青年が、縁のない関西の地で最も成功した私鉄の社長となり、歌劇団や映画配給会社を設立して、大衆に娯楽を提供したことは生来の気質と矛盾しません。

彼は小説家にはならなかったが、自分が作った歌劇団の脚本を何本も書き、夢を別の形で実現しています。一三の人生は日清・日露戦争、第一次大戦、日中戦争から太平洋戦争と、常にきな臭い、不安定な時代と共にあります。

その中で彼が目指したのは『儲かる事業ではなく、大衆の喜ぶ事業を』です。常に十年先、二十年先を見越して育てた阪急東宝グループ(現在は阪急阪神東宝グループ)は、現在に至るまで、人々の生活に深く根ざした顧客志向の経営を行う会社として知られています。

一三は、数々の名言を残しており、どれも傾聴すべき言葉ばかりであるが、その中の一つを此処で最後に紹介します。『自分の長所を磨くことを忘れて、無理からに常識にのみよる行動をとる若い平凡人が多すぎて困る』

これは悩める若者への警鐘及び鼓舞であると共に、一三自身の座右の銘だったに違いありません。そんな小林一三さんこそが今回の朝ドラの中でモデルの一人となっていたのです。

小林一三と伊能栞との違い

すごい実績を残してきた小林一三さんをモデルにしている伊能栞がどんなところが同じで、どんなところが異なるのかについてここではお伝えしていきます。

まず、同じところというのは映画事業や宝塚という余興ビジネスを展開しているところになります。わろてんかの中の伊能栞についてもカメラから入り映画に向かって余興のビジネスを行っていきます。

そのところは同じになりますね。なので、モデル(NHKはモチーフと発表しています)として同じように描いていることがうかがえます。しかし、異なることもたくさんありますね。

元々は、鉄道会社を小林一三さんは手掛けていますが伊能家は薬問屋をしています。そのあたりは、大きく異なりますね。吉本せいとどのような関係が小林一三さんにあったかは定かではありません。

その辺りについても想像として描かれていると考えると楽しみですね。なので、モデルとしては一定のところではきちんと描かれていますがあくまで、モチーフ。

参考にしているのかなってところでとどまっていると思います。小林一三さんを描くのであれば、主役にできるほどの大きな存在になりますのでまた別の機会でそういったストーリーも見てみたいですね。

それでも、ヒロインのてん(葵わかな)と伊能栞がどんな関係でモデルがどうでって思うとわくわくしますね。歴史を知ると、わろてんかが何倍も面白くなるかなあって思います。

 



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