古山まさ(菊池桃子)のモデル・古関ヒサはどんな人物だったの?

今回の記事では、朝ドラ「エール」の古山まさ菊池桃子)のモデル古関ヒサさんについてご紹介していくので朝ドラ好きの人は是非最後までご覧ください。

子どもが親の影響を受けるということは、多くの人が頷いてくれるでしょう。いい影響も悪い影響も与える親ですが、幼少期からどのように育ったかで子どもの個性が現れます。

 

古関ヒサさんという人物は、なぜという疑問点があるのです。この疑問については、記事の中で伝えていきたいと思います。古関裕而(こせきゆうじ)さんの母という側面から見ていきます。

古関裕而の母

古関ヒサさんは、古関三郎治さんと結婚してから長らく子宝に恵まれませんでした。古関家は呉服屋「喜多三」を経営しており、古関三郎治さんで7代目となります。

跡継ぎが生まれてくれなければ、養子をとるしかありません。養子をとろうと考えていた時に、ちょうど古関裕而さんが生まれたのです。

 

タイミング的にはベストタイミングだったと思います。一度子宝に恵まれると、次には古関弘之(こせきひろし)さんが生まれました。

古関ヒサさんは、福島を代表する経済人である武藤茂平(むとうもへい)さんの妹です。ここが疑問点となるのですが、この問題は次の題に譲るとしてここでは武藤茂平さんについて少し触れていきます。

 

武藤家の当主は代々茂平を襲名しており、呉服屋「喜多三」の古関三郎治さんと同じです。武藤茂平さんは、福島県川俣町で川俣銀行を始めとして様々な事業を展開しています。

元々資産家の家であり、福島随一のお金持ちです。現在の国会と同じ機能を有した貴族院というものが当時ありましたが、これは多額納税者が名誉として議員に任命されるものでした。

 

武藤茂平さんはこの貴族院議員になっていることからも、その資産家としての規模が分かるでしょう。ただ、武藤茂平さんは、後継ぎがおらず古関裕而さん若しくは、古関弘之さんを養子にしたがっていました。

 

資金を援助してもらえなかった?

古関ヒサさんは古関裕而さんにピアノを買い与えました。これは夫の古関三郎治さんもそうですが、古関ヒサさんも音楽好きだったので古関裕而さんにも音楽を好きになってもらいたいと願ったのだと思います。

その願いは叶い、作曲家になっていきますがそれは後の話です。ただ、東京に出るときはまだ古関裕而さんにそこまでの才能があると知りませんでした。

 

それは、古関ヒサさんだけでなく古関三郎治さんも、親族も演歌の片棒担ぎか成功しても地方の小唄程度と思っていたからです。

一方、古関ヒサさんは呉服屋「喜多三」の女将として安定して事業を続けてきていました。しかし、古関三郎治さんが友人の借りた借金の連帯保証人となっていたことで借金を負うことになります。

 

多額な借金であり、江戸初期創業の呉服屋「喜多三」の屋台骨が揺らぎます。私の疑問は、古関ヒサさんの実家は兄である武藤茂平さんが当主です。

妹の嫁ぎ先がピンチであれば、資金援助をしようと考えなかったのか?という部分になります。この辺りは当事者にしか分かりません。

 

古関裕而さんが学校卒業後に就職せずにいるのを見かねて、武藤茂平さんが頭取をしている川俣銀行へ就職させていることからもむげには扱っていない気がします。

何より古関三郎治さん自身がそこまで熱意があったのかというと、本来家を継ぐ予定ではなかったのに家を継ぐことになったということからそこまで熱意はなかったのではないでしょうか。

 

むしろ、古関裕而さんと同じく音楽関係の仕事をやりたかったのではないかとさえ思えます。そのため、お金を借りようとしなかったのかもしれません。

もしくは、借りた結果つぶれてしまったのかもしれません。もしかしたら、養子をもらいたかったのでわざと援助しなかったという見方もできるかもしれませんね。

「エール」では古山まさとして登場

2020年のNHKの朝の連続テレビ小説「エール」では、古関ヒサさんは古山まさとして登場します。演じるのは、菊池桃子さんです。

アイドルとしてデビューし、ドラマでも数多くの主演を務めているのでその演技に注目です。有名なところで、「相棒」や「ストロベリーナイト・サーガ」、「ボイス 110緊急指令室」などに出演しています。

 

朝ドラへの出演は初めてです。大河ドラマには出演したことがあるので意外な気がします。CMにも多く出演しているので、知名度もあります。

ネットでは演技力に疑問符を付けている人もいますが、演技力が評価されていなければドラマの出演依頼も来ないのではないでしょうか?逆説的ですが、菊池桃子さんをフォローします。

 

古関ヒサさんについて詳しく解説してきましたが、イメージがつきましたか?NHK朝の連続テレビ小説「エール」に登場する人物は、モデルにした人物がいます。

今回ご紹介した古関ヒサさんは、古山まさとして登場しています。古関ヒサさんは、激動の戦時中1944年に亡くなっています。

 

終戦を見ることなく亡くなっているわけですが、子どもである古関裕而さんが結婚して子どもも生まれたのを見届けていますから、安心していたのではないでしょうか。

当事者の心は分かりません。人の心もそもそも分かりませんから、想像するしかありませんが呉服屋「喜多三」が倒産したことで、気苦労は絶えなかったでしょう。

 

夫の古関三郎治さんと、好きな音楽を聴いてる時間が何よりのひと時だったのかもしれません。息子の古関裕而さんの作曲家としての活躍に驚いきながらも応援していたのではないでしょうか。

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