五代友厚と広岡浅子が本当に恋愛!?その関係を暴露!!

朝ドラあさが来たを見ているとどうしても気になる関係があります。それが五代友厚と広岡浅子の恋愛です。本当に恋文もらうぐらい親密な関係性が、五代友厚広岡浅子さんの間であったの?そう感じますよね。

五代友厚は結婚しているの?

 

なので、ここでは、朝ドラあさが来たあさ波留)と五代ディーンフジオカ)ではなく、歴史上の人物として実際にどうだったのか考えてみたいと思います。五代友厚広岡浅子も歴史上実在する人物ですが、親しかったとような資料や文献は今のところないようです。

 

そのため、あさが来たでのあさ五代の関係は間違っていると書いているネット上のページもいくつかあるほどです。ただし、この2人がまったく関係がなかったかというと、そんなことはありえません。






当時、広岡浅子さんの実家で父の変わりの役目を果たしていた7代目三井高喜(みついたかよし)は、政府の力を借り銀行を設立しています。そのため、広岡浅子さんと五代友厚さんの交流があっても不思議じゃないと感じます。

 

また、五代友厚さんは自ら鉱山をたくさん持っていたことから、広岡浅子さんが炭鉱の関係で相談したこともあったのではないかと想像されます。

 

広岡浅子さんの加野炭坑では、爆発事故があったので、その関係で相談していてもおかしくないですよね。また、五代友厚さんは鉱山と併せて、大阪の紡績業の発展に尽くしはった人物です。

 

広岡浅子さんの夫・広岡信五郎さんが紡績の会社の尼崎紡績(現在のユニチカ)の創業者で初代社長になっているのも全く関係がないとも思えません。

 

しかも、五代友厚さんは大阪商法会議所(今の大阪商工会議所)を設立した人です。そのように考えると加野屋と全く関係がないこともありえないでしょう。

 



 

歴史上の書物や資料、文献といったものこそ残っていませんが、接点が少なからずあったのではないかと思って間違いないと思います。

 

あさが来たの原作の土佐堀川では、広岡浅子さんが出席していた三井家の法事の時に五代友厚さんが広岡浅子さんと会話する程度の関係になっています。

 

しかし、実際のところはあさが来たのように深い関係だったかもしれません。本当のところは謎ですが、ただ、恋愛ってことはないかなって気がしますね。

 

あさが来たでのあさ五代の関係、新次郎玉木宏)と五代の関係は見どころが満載となってるので、楽しみですね。

 

あくまで歴史を紐解いた上での推測になりますが、大阪商人の歴史の中でもきっと五代友厚さんと広岡浅子さんとの接点は恋愛とまではいかなくとも深い関係はあったのではないでしょうか?





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