安藤仁子の子供(長女)/安藤明美はどんな人なの?

このページは、NHKの朝の連続テレビ小説「まんぷく」の中で立花幸(たちばなさち)の実在モデル安藤明美さんさんがどんな人物なのか。安藤仁子(あんどうあさこ)さんの子供として、どんな人生を歩んでいるのかみていきます。

 

安藤仁子さんの長女・安藤明美さんさんは、1949年(昭和24年)1月26日に大阪府池田市で誕生しました。生まれた当時は、父・安藤百福さんが脱税容疑(冤罪)で巣鴨の獄舎に収容されていた時期です。

 

安藤明美さんが1歳になったころに父は釈放され、団欒の日々が戻ってきますが、明美さんは、生まれた時から不在だった父には長いあいだ馴染めなかったといいます。

 

その後、父が関わった信用組合の倒産もあり、なかなか生活が安定しない時期が続きました。安藤明美さんが小学校3年生のころ、父は新しい事業として即席麺の開発に乗り出し、試作を繰り返していました。

 

この作業は家族総出でも追いつかず、親戚中の者が駆り出されて、作業小屋は戦場のようになっていましたが、安藤明美さんは兄の宏基さんとともに喜んで手伝っていたといいます。

 

麺を入れた袋を足踏み式のシーラーで閉じるのが明子の役目でしたが、電熱部に足が触れて、しょっちゅう火傷をしていました。

 

こういう慌ただしい毎日でしたが、日曜日の朝になると、安藤明美さんは兄の安藤宏基さんとともに百福に連れられ、愛犬の散歩がてら近くの山へ出かけました。楽しみは、何といっても散歩の後のクリームソーダを飲むことでした。

 

実は、このクリームソーダの店は、歌手・女優となる「いしだあゆみ」さんの実家でした。宏基さんが「いしだあゆみ」さんと小学校の同級生だったこともあり、安藤家とは親しかったようです。

 



 

安藤百福と海外視察へ

1966年(昭和41年)になると、即席麺の事業は軌道にのり、作業小屋は工場になり、生産量が増大してその工場も大きくなっていました。

 

このころから、父・安藤百福さんは事業のターゲットを海外に向け始め、何度も渡米して即席麺を世界に普及させるためのヒントを探っていました。

 

この海外視察に行くときは、よく安藤明美さんが同行しました。父は安藤明美さんをたいそう可愛がっており、高校生になってからも手をつないで歩いていたそうで、まわりからは「友達みたい」だと茶化されていました。

 

こんな中、安藤明美さんが大学1年生でアメリカに同行した帰りの便で、父は思いがけない発見をします。ちょうどその頃、カップヌードルの蓋をどうするか悩んでいた時期でした。

 

機内で出されたおつまみの容器から、熱蒸着という技術を知ることになります。帰国して研究を重ね、ついに蓋を完成させ、カップヌードルを世に送り出すことができたのです。

 

このようなこともあり、父・安藤百福さんにとって安藤明美さんは幸運をもたらす女神のような存在だったかもしれません。また、父にとっての女神は、兄・安藤宏基さんにとって愛のキューピットとなります。

 

神戸女学院の学長から母・安藤仁子さんに学園祭への招待がありました。明美さんは、宏基さんの嫁候補を紹介したいとの申し出だったのですが、行き違いから当人と会うことができませんでした。

 

落胆して帰路に就いた百福夫妻ですが、帰りがけに、ふとしたことから学園祭に来ていた甲南女子大学の学生と知り合うことになります。

 

この学生が安藤明美さんの同級生であったことから、この後とんとん拍子に婚姻話が進み、1976年(昭和51年)に、安藤宏基さんはこの女性(荒巻淑子)と結ばれることになるのです。

 




 

そそっかしい安藤仁子のおかげ

安藤明美さんが宏基さんのキューピットになれたのには、母の勘違いが関わっていました。安藤明美さんは、大阪学芸大附属中学校から、編入試験を受けて甲南女子高校に入学しました。

 

しかし、これは安藤仁子のさんのとんでもない勘違いからはじまっています。本来、安藤明美さんが受験する予定だったのは、大阪府立北野高校でした。

 

試験の当日、どれだけ探しても受験票が見つからず、安藤明美さんは途方に暮れ泣き出してしまいました。母・仁子さんが、間違って願書を違う学校に送ったことが判明します。

 

その送り先が、神戸市の甲南女子高校だったのです。担任の先生も巻き込んで、さんざん、すったもんだした末、当初予定の北野高校へは入れませんでした。

 

しかし、甲南女子高校に無事入学することができました。安藤明美さんはその後、甲南女子大学に入学し、宏基さんと淑子さんの出会いにつながっていくのです。

 

安藤仁子さんの失態から始まった物語とは言え、どうも、安藤明美さんには様ざまな「縁」をつなぐ役割が与えられているように思えます。

 

安藤仁子の教えを守って

父や兄に幸運と幸福をもたらした安藤明美さんですが、自らはどのような軌跡をたどったのでしょうか。母の安藤仁子さんは、常々安藤明美さんに言っていたことがあります。

 

「あなたは、決して再婚の人と結婚しないでね」。母自身もその母(安藤明美さんの祖母・須磨)も結婚相手は再婚で、いらぬ苦労もあっただけに、娘にだけは同じ目に合わせたくないという切なる親心からでした。

 

この母の言葉を守るかのように、安藤明美さんは、知り合いの紹介で初婚の男性(堀之内徹・現在の日清ホールディングス監査役)とお見合いをし、結婚に至ります。

 

しかし、途中すんなりと事が運んだわけではありません。お相手は長身で礼儀正しい好青年で、安藤百福夫妻はこの青年に惚れ込み、安藤明美さん自身も好意を抱いて交際が始まりました。

 

しかし先方の男性が興した会社の経営状況が芳しくなく、しばらく待ってほしいという連絡が入ります。暗雲が垂れ込め、破談も覚悟していた5年後、やっと落ち着き結婚させていただきたいとの申し出がありました。

 

5年という歳月は、婚姻を前提とした男女にとっては相当長い期間ではないでしょうか。安藤明美さんが5年間をどのように過ごしたのかは知る由もありませんが、結果として幸福な結婚に至っています。

 

周りの人に幸運をもたらす安藤明美さんさんという人物は、自身にも良い「縁」がついているようですね。ドラマの中で、立花幸がどのように描かれるのかも楽しみですね。

 



 

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