広岡信五郎はユニチカ(尼崎紡績)とどんな関係があるの?

あさが来たの夫・新次郎玉木宏)の実在モデルの広岡信五郎さんが今、日本中の注目を浴びています。NHKの朝ドラ「あさが来た」では、これまでのところ新次郎は、三味線や謡曲などといった芸事を中心として行い、ビジネスを嫌っています。

 

なので、あさが来たでの新次郎と併せて、広岡信五郎さんのユニチカの関係を見ていきます。私は、個人的に広岡信五郎さんを調べると不思議なことがありました。新次郎のモデルって本当に広岡信五郎さんなの?そう思っていました。

 

なぜそう思うかというと、広岡信五郎さんは現在でも代々受け継がれている上場会社の尼崎紡績、後のユニチカの創業者だからです。これは、残された書物などを見ると明らかです。

 

あさが来たでは新次郎は全然違うように描かれていますよね?おかしく思いませんか?しかし、それもそんなことはありません。

 

結論から先にを言うと、広岡信五郎さんは、ある時から変わります。広岡浅子さんにも負けないぐらい仕事に熱心になるのです。

 

なので、新次郎はかなり、実在モデルの広岡信五郎さんに近い形で、描かれているのです。それは、実際に広岡信五郎さんも若い頃は、趣味三昧の生活で広岡浅子さんのことを温かく見守っていた存在だったからです。





 

しかし、広岡浅子さんとの間に子どもの亀子が出来て、側室の小藤(ムメ)との間にも子どもが出来た頃から、しっかり働かないとならんということで商売に邁進しだしたからです。

 

その頃に創設したのが、尼崎紡績(後のユニチカ)だったのです。今でも残る大企業のユニチカの創業者の広岡信五郎さんは、元々は道楽ものだったので新次郎と同じす。

 

ユニチカ創業後に広岡信五郎さんは、弟の正秋さんの後を継いで加島銀行の2代目頭取になったり、大同生命の4代目の社長にもなっています。

 

広岡浅子さんの活躍を陰でささえながらも、ある時から広岡浅子さんに負けずとも劣らないような商売人になっていったのです。そして、そのきっかけは自分に子どもが出来たことで、しっかりしなければと思ったことが大きな理由だったようです。

あさが来たでの新次郎が商いに興味を持つきっかけ

あさが来たでは、新次郎が商いに興味関心を示すのは、炭鉱の爆発事故がきっかけという形で描かれています。サトシ長塚圭史)と幼いころに親友だった新次郎が、番頭だったサトシの父が暖簾分けで、新しく両替屋を始めます。

 

しかし、サトシの父の両替屋が倒産しそうな時に、正吉近藤正臣)がお金を貸さなかったことで、サトシの父の両替屋が倒産します。

 

新次郎は、正吉にお金を貸すように何度もお願いしますが、正吉はお金を貸しませんでした。そして、サトシの一家は大阪からいられなくなります。その時から、新次郎は加野屋の商いに興味を示さなくなったのです。

 

それが、サトシが起こした炭鉱での爆破事故の影響で、父・正吉の決断を知ります。その毎日、正吉が行ってきた決断を知ったことから新次郎は少しずつ商いに興味を示すようになります。そして、正吉の死。ここで新次郎は大きく変わっていくのです。

 

まとめ

広岡信五郎さんもあさが来たの新次郎も同じよう道楽息子として生活しています。そして、きっかけを得た広岡信五郎新次郎は、同じように商いに邁進していくようになるのです。

 

なので、あさが来た新次郎は実在のモデル広岡信五郎さんをかなり、そのまま描いていると言えるでしょう。こうやって、歴史を紐解くのは楽しいですね♪





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