東太一(菅田将暉)のモデル・黒田覚はどんな人物なの?

NHKの朝の連続テレビ小説(朝ドラ)「まんぷく」では萬平(長谷川博己)が無実の罪で投獄されます。萬平のモデル安藤百福さんは、戦時中に一度無実の罪で憲兵から暴行を受け、戦後には脱税容疑で2年間の間、巣鴨プリズン(戦犯たちが収監されていた、巣鴨拘置所です)に収監されていた事実があります。

 

戦後の脱税容疑も見せしめ的な政治的な収監だったので、安藤百福さんは獄中から訴訟を起こします。その弁護団の長だったのが、京都大学教授・黒田覚(くろださとる)さんでした。東太一のモデルは、この黒田覚さんだと思われます。

 

東太一のモデル黒田覚は京都大学教授

黒田覚さんは京都出身。1900年の生まれなので、実際は安藤百福さんより10歳年長です。1度目の軍需物資の横流しの濡れ衣事件のときに黒田さんが活躍したかどうかは確かではありません。その頃は黒田さんはすでに京都大学の教授で、憲法学者を教えていました。

 

京都大学の憲法学の教授が弁護団長になるような訴訟を起こすとはおだやかな話ではありませんが、なぜそんな事になったのでしょうか?戦時中の憲兵からの暴行事件もそうですが、安藤百福さんの事業は何かと「目立っていた」のでしょう。

 

実は安藤百福さんの出身地は現在の台湾でした。その当時は日本の領土でしたので、安藤百福さんは終戦時まで日本人として日本国籍を持っていました。しかし、日本の敗戦により、占領地は戦勝国に返還され、台湾の人は日本人ではなくなり台湾国籍を持つ事になりました。

 

ちなみに、その後に安藤百福さんは1966年に日本国籍を取得しています。戦時中の事件は共同経営者にはめられたとのことですが、台湾のような占領地は「外地」と呼ばれ、何かと差別もありました。

 

うまくやっている安藤百福さんへの妬みからの差別意識が全く関係がなかったとは言えないでしょう。戦後の事件は時代背景、政治背景の説明をする必要があります。ご存知のように日本は敗戦後、GHQという日本の占領政策を実施した連合国機関の支配下にありました。

 

戦後処理の諸改革により、日本の財閥は解体され、政治家や実業家、軍人は戦犯として裁かれる事になります。そうなると日本の経済は全く機能しなくなりました。

 

沢山の人が戦争で家や職を失って、飢えていました。働きたくても仕事がありません。収入がなければ納税もできませんから、GHQも、税収が激減した事に頭を悩ませていたそうです。

 

そんな背景で、安藤百福さんは有力な政治家や官僚からの助言もあって、青年たちに働く場を与えようと技術学校を設立したり、製塩業を始めました。若者たちには給料は払えない代わりに奨学金として小遣いを渡していました。

 

それらの事業からは実質上収益は上がっていなかったので、税務申告をする必要はないと判断し、その年の税務申告をしませんでした。何かと大きなことをする安藤百福さんを面白くないと思っていた人たちもいたことでしょう。

 

1948年の暮れに突然に逮捕され、軍事裁判にかけられ、あっというまに巣鴨プリズンに収監されてしまいます。脱税の罪で4年間の重労働の刑でした。しかも、安藤百福さんの事件は新聞にも掲載されて「納税義務を怠る者」として見せしめ的に扱われます。

 

これに納得できなかった安藤百福さんは獄中から訴訟を起こします。多分に政治的な事件でしたから、法律の解釈のエキスパートを集めて弁護団が組織されました。その代表が、京大教授の黒田覚さんだったわけです。

 



 

黒田覚が安藤百福の訴訟に関わった理由

もちろん、何らかの知人のつて、あるいは直接的な交流があったのかもしれません。ドラマの中のようにすでに憲兵暴行事件以来、東太一のように付き合いがあったのかも知れません。

 

しかし、ひとつの面白い推測をしてみました。ちょっと難しい話ですが、黒田覚さんの専門は憲法学。しかも、戦前のことですから、大日本帝国憲法の解釈が専門でした。

 

その中でも、「外地において大日本帝国憲法は適用されるのか」という問題について専門的に研究していた時期があったようです。(これは2014年に早稲田大学の石川健治先生が発表した「憲法の中の『外国』」という論文を読みかじっての推理です)

 

日本は台湾を始め、朝鮮半島、満州などを植民地化していました。行き当たりばったりの現場主義では、一部の人が利益を独占してしまう恐れもあり、ひとつの国「日本」とは言えなくなってしまいます。これらの「外地」を統括するためのルールに法的な根拠が必要になったわけです。

 

そこで、「憲法の中の外国」と言われる「外地」において第日本帝国憲法はどこまで適用されるのか、という議論が闘わされた時期がありました。もっとも、戦局の悪化に伴い、全ては非常時ということで、内地も外地も国民の権利どころではなくなってしまうのですが。

 

話は安藤百福さんの訴訟に戻りますが、百福さんが脱税したとされた時点で、彼はどこの国籍であると考えるのか、すでに台湾国籍と考えるのか、大日本帝国の外地、台湾の人と考えるのか。

 

そうだとしたら、納税の義務はどこまで求められるのか。戦後のGHQ統治下の日本においての旧外地の人の権利と義務をどう考えるのか。

 

何だか限りなく、黒田覚さんの専門領域に近いような気がするのですが、どうなんでしょう?浅学で、素人の妄想かもしれませんが、推理が当たっていたら嬉しいですね。

 

黒田覚さんは、京大教授を勤めた後、東京都立大学、神奈川大学の教授を歴任し、1990年に亡くなられました。神奈川大学では学長代行を務めていたこともあったそうです。晩年は安藤百福さん一家と交流はあったのでしょうか。ちょっと知りたいものですね。





 

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